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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)7451号 判決 1979年2月08日

原告

榮昭治

ほか一名

被告

有限会社大宮製作所

ほか一名

主文

一  被告両名は各自、原告榮昭治に対し金四〇三万九、四一三円、原告佐藤千代子に対し金四、六二万四、四一三円及びこれらに対する昭和五二年八月一六日以降各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告両名のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その三を原告両名のその余を被告両名の各負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実

第一申立

(原告ら)

一  被告らは各自、原告榮昭治に対し金一、五四八万四、三七〇円、原告佐藤千代子に対し金一、四九三万四、三七〇円及びこれらに対する昭和五二年八月一六日以降各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

(被告ら)

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

との判決。

第二主張

(原告ら)

「請求原因」

一  事故の発生

昭和四九年二月二四日午前二時一五分頃、埼玉県北本市下石戸下八一番地路上を、亡榮秀雄(以下「亡秀雄」ともいう)が歩行中、被告福島運転の自動車(埼玉六に二〇八五、以下「加害車」という)にはねられ、頭蓋骨々折により即死した。

二  責任

被告福島は、前方不注視の過失により本件事故を発生させたものであるから、不法行為者として本件事故による損害を賠償すべき責任がある。

被告有限会社大宮製作所(以下単に「被告会社」、という)は、本件加害車の保有者であるから、本件事故による損害をやはり賠償する責任がある。

三  損害

亡秀雄は、昭和五年一一月二日生れの男子で、事故当時谷藤機械工業株式会社に機械工として勤務していたものである。原告らは亡秀雄の兄及び姉で、同人には妻子、父母はなく、兄弟は原告らのみであり、よつて同人の相続人は原告両名である。

本件事故によつて亡秀雄に関して発生した損害は次のとおりである。

(一) 葬祭料 五〇万円

亡秀雄の葬儀は、原告榮昭治において行ない、少なくとも右金額を支出した。

(二) 逸失利益 二、七一六万八、七四一円

本件事故がなければ、亡秀雄は、定年である五六歳まで谷藤機械工業株式会社で働いて賃金を得ることができ、その後六七歳まで何らかの形で労働に従事して賃金を得ることができたはずであり、また定年退職時には谷藤機械工業株式会社から同社の退職金規定による退職金の支給を得られるはずであつた。

右谷藤機械工業株式会社の基本給は昭和四九年三月まで八万四、七〇〇円、同年四月から一一万五、〇〇〇円、同五〇年四月から一二万七、八〇〇円、同五一年四月から一三万八、〇〇〇円で、これに加え亡秀雄は、毎月少なくとも二〇時間は残業しており、また賞与の給付もあつた。この収入状況からすると亡秀雄の逸失利益は次のとおりとなる。

(1) 昭和四九年三月以降同五一年一二月まで 三八三万五、七五五円

亡秀雄の谷藤機械工業株式会社における右期間の収入は左のとおりであり、生活費としてその四〇%を控除したこの間の得べかりし収入は右金額となる。

昭和四九年(三月以降)

基本給一一一万九、七〇〇円

(三月まで月額八万四、七〇〇円、四月以降月額一一万五、〇〇〇円)

残業手当 一五万四、二五九円

賞与 五七万三、八五〇円

合計 一八四万七、八〇九円

昭和五〇年

基本給一四八万八、〇〇〇円

(三月まで月額一一万五、〇〇〇円、四月以降一二万七、八〇〇円)

残業手当 二〇万七、三三三円

賞与 四六万四、九三六円

合計 二一六万〇、二六九円

昭和五一年

基本給一六二万五、四〇〇円

(三月まで月額一二万七、八〇〇円、四月以降月額一三万八、〇〇〇円)

残業手当 二二万五、三八八円

賞与 五三万四、〇六〇円

合計 二三八万四、八四八円

(2) 昭和五二年以降二一年間 二、〇一八万一、五二六円

昭和五二年以降にあつても亡秀雄は谷藤機械工業株式会社の定年である五六歳まで少なくとも前記昭和五一年度の賃金合計二三八万四、八四八円を下回らない収入があつたはずであるし、定年後六七歳までの間もその後の昇給、ベースアツプを考慮すると右収入を下回らない収入があつたと見込まれる。

よつて昭和五二年以降二一年間の右収入を、生活費にその四〇%を要するとみて控除し、ホフマン方式によつて年五分の中間利息を控除して現価に引直すと二、〇一八万一、五二六円となる。

(3) 得べかりし退職金 三一五万一、四六〇円

亡秀雄は、このまま谷藤機械工業株式会社に勤務すると、同社の退職金規定により退職時の二四・〇四倍の退職金の支給を受けることになつていた。退職時の基本給は昭和五二年四月の昇給及びベースアツプに基いて算出される月額一五万〇、四〇〇円を下回らないので、退職金は三六一万五、六一六円となる。本件事故による死亡のため退職となつた結果四六万四、一五六円の支給があつたのでこれを差引くと右金額となる。

(三) 慰藉料 一、〇〇〇万円

亡秀雄は健康な男子であつたところ、本件事故により四三歳の若さで生命を断たれたのである。原告らには父母はなく、三人兄弟の末の弟を奪われることになつたのである。特に原告佐藤千代子は、昭和一七年に夫に先立たれ、以来女手ひとつで二人の子供を養育してきたのであるが、病弱なことから昭和二八年以来本件事故当時まで亡秀雄から生活費の援助を受けており、のみならず同人とは昭和四〇年まで同居していたもので、その後も同人は休日等には訪れて一緒に暮していた。よつて同原告は物質的にも精神的にも亡秀雄を支えとしていたのである。のみならず、寒中に亡秀雄の遺体に付添い、葬儀、雑用と無理をしたため同原告は持病のリユウマチが悪化し、寝たきりの療養生活を送ることとなり、高額の療養費を要することになつた。亡秀雄が生存しておればその費用を負担してくれたであろうがそれもできなくなり、結局支給のあつた自賠責保険金が療養費に充てられている状態である。

よつて本件事故による秀雄の慰藉料としては少なくとも一、〇〇〇万円が相当である。

なお即死の場合であつても死者が慰藉料請求権を取得し、これが相続されることは確立された判例で、死者の慰藉料は一身専属で相続されないとの被告らの主張は失当である。そして生命侵害があつた場合は生命侵害そのものが損害で、慰藉料は、損害額の算出を妥当ならしめるための調整的機能を営むべきものであるから、苦痛の程度、近親者の有無等によつて慰藉料の有無、程度が異なるべきではない。

仮に相続否定説にたつとしても、近親者固有の慰藉料の合計は、相続説による死者固有の慰藉料として算出される金額と同一でなければならない。相続人がたまたま兄弟姉妹のみであつたような場合でも、それらの者が民法七一一条に列記された者に該当しないとの理由で慰藉料請求権を否定したり、金額を減少させたりするのは妥当でない。よつて本件の場合でも死者の慰藉料請求権を認めないとの立場をとるとしても原告ら固有の慰藉料として、相続を認める場合と同等の、あるいは父母、子に対して認めるのと同等の額を認めるべきである。なお民法七一一条所定の者でなくとも同条の類推適用により固有の慰藉料請求権を取得できることは確立した判例であり、そして本件のごとく兄弟姉妹が法定相続人である場合は当然類推適用されるべき者にあたる。

(四) 相続、損害の填補

原告らは、亡秀雄の法定相続人として右(二)(三)の損害を二分の一宛相続し(なお慰藉料につき死者本人の慰藉料請求権を認めないとしても、原告らの慰藉料が同額であるべきことは前記のとおりである)、且つ原告榮昭治は右(一)葬祭料を負担している。

他方原告らは自賠責保険金各五〇〇万円(合計一、〇〇〇万円)の支払を受けたので、これを自己の各損害に充当すると、残りの賠償請求権は原告榮昭治が一、四〇八万四、三七〇円、原告佐藤千代子が一、三五八万四、三七〇円となる。

(五) 弁護士費用

原告榮昭治 一四〇万円

原告佐藤千代子 一三五万円

被告らの右賠償金の支払がないため原告らはやむなく弁護士に委任して本訴を提起し報酬規定にもとづき着手金、成功報酬を支払う旨約したが、この損害は右金額をもつて相当とする。

四  よつて損害合計は、原告榮昭治が一、五四八万四、三七〇円、原告佐藤千代子が一、四九三万四、三七〇円となるので、この各金額及びこれに対する昭和五二年八月一六日以降各支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める次第である。

「抗弁に対する反論」

被告らの主張は理由がない。すなわち事故当時被告福島は居眠り運転をしながら制限速度を二〇キロも上回る時速六〇キロで、しかも前照灯を下向きにして加害車を運転していたのであり、かかる同被告の重大な過失に比較して亡秀雄にはとりたてて過失相殺をなすべき事由はなく、本件事故は被告福島の一方的過失によると認められるので過失相殺をなすべき事由はない。

仮に亡秀雄が車道内に入つていたとしても加害車の左前部角と衝突していることからすると五〇センチ位に過ぎず、車道の加害車の走行車線のまん中を歩いていたことはなく、そして路側帯は単に白線で区分してあるに過ぎず狭いのであるから、この程度はみ出して進行するのは通常のことであつて過失相殺の事由とはなり得ない。

また亡秀雄は事故当時酔つていなかつたのであるが、付言するに夜間黒つぽい服装で酔つて歩行してもそれ自体過失相殺の事由となり得べきことではない。

(被告ら)

「請求原因に対する答弁」

請求原因一、二項は認める。

同三項中、亡秀雄の生年月日、事故当時谷藤機械工業株式会社に勤務していたこと、原告らとの身分関係、自賠責保険からの支払額については認めるが、その余の点は不知。

また原告らは、亡秀雄の慰藉料請求権を相続した旨主張するが、慰藉料請求権は一身専属権であるから、その相続性は否定されるべきであり、また被害者が死亡自体の慰藉料請求権の主体となることは認められないから、遺族の相続による慰藉料請求権の取得は否定さるべきである。

次に原告らは民法七一一条所定の者ではないのであるから特段の事由のない限り固有の慰藉料請求権は認められないところ、亡秀雄は、事故の数年前から勤務先の独身寮で起居していたもので、原告らと同居したり、扶養したことはないのであるから、近親者としての固有の慰藉料も認められない。

よつて原告らの慰藉料請求については失当と解さざるを得ない。

「過失相殺の抗弁」

被告福島は加害車を時速約四〇キロの速度で運転して本件事故現場に差しかかり、その二〇数メートル手前で前方を確認したところ、先行車、対向車はなく、歩行者もなかつた。そこでそのまま車道左側の路側帯とを区切る白線から一メートル以上中央線寄りのところをまつすぐ進行しつつ一瞬左方にある自宅の方に目をやり再び前方を見たところ、直前を歩行している秀雄を発見した。そこで直ちに右に転把して避けようとしたが及ばず接触に至つたのである。

ところで、亡秀雄は深夜黒つぽい服装をしたうえかなり酔つたうえ、比較的広い路側帯を越えて被告車の走行車線のまん中あたりをふらふら歩いていたのである。被告車の前照灯の照射距離は三〇ないし四〇メートルであり、被告福島が前方を確認していた際には歩行者の姿はなく、その直後に右のとおり亡秀雄を発見していることからすると、同人において突然路側帯からふらふらと出て来た可能性が高い。

そうすると被害者の歩行状態、歩行場所、時間等に鑑み同人にも重大な過失が認められるので、過失相殺として原告の賠償請求は大幅な減額がなさるべきである。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因一、二項は当事者間に争いがなく、よつて被告らは本件事故により榮秀雄が死亡したことによつて生じた損害を賠償すべき責任がある。

被告らは、本件事故は被害者亡秀雄の過失も原因となつて生じたと主張するので、この点について検討しておくに、成立につき争いのない乙第三号証、同第四号証の一ないし一四、同第五、第六、第七、第九、第一〇号証、被告福島正治本人尋問の結果によれば、

(一)  本件事故現場は、大宮市と鴻巣市間のアスフアルト舗装道路上で、道路は両側に白線で区切られた幅員一・三メートルの路側帯が設置され、車道幅員六メートルで、平担、直線の見通しの良い、速度制限毎時四〇キロ、追越し禁止となつている所で道路の両側は畑の非市街地であり、そして事故当時路面は乾燥しており、夜間であるところ付近は暗く、交通量は少なかつたこと。

(二)  加害車は大宮市方面から事故現場に差しかかり、その左前部を自車進行車線上にいた被害者亡秀雄に衝突させてボンネツトにはね上げてフロントガラスに衝突させ、そのまま約一九メートル走行して進行方向左側の路側帯に投げ出し、衝突地点から約三一メートル進行した地点で停止したこと、この衝突により加害車は前部左角が凹損し、フロントガラスがほぼ全面にわたつて破損したこと、被害者は頭蓋骨々折により即死したのであるが、検死したところ左下腿下部前面に軽微な擦過痕があつたこと。

(三)  当時被告福島は、独立して板金の仕事を営むことを計画していて、この時も仕事を終えたあと、あちこちの貸工場を見て回つての帰りで、事故現場は自宅の近くであること。

他方事故地点に鑑み亡秀雄はこの時会社の独身寮に帰宅途上にあつたことは窺えるのであるが、同人は前日の午後八時頃から午後一〇時半頃まで桶川市内の飲食店で清酒九本位を飲んで店を出たのであるが、その後の行動は不明であること。

の各事実が認められる。

二  そして前記乙第三号証、成立につき争いのない乙第一一、第一二号証、の捜査記録、被告福島正治本人尋問の結果において、同被告は事故状況を加害車を運転して自車線のほぼ中央を時速六〇キロ位でライトを下向きにして事故現場に差しかかり、この付近で道路両側が畑となつて見通しがきくところから、衝突地点の約二一メートル手前で一瞬左方の自宅の方に目をやり再び前方を見たところ、約六メートル前方の路側帯から一メートル近く車道に入つた所を対向歩行して来る被害者を認めたが、急制動をかける余裕はなかつたので右に急転把したが及ばず衝突に至つた旨、なお衝突後対向車線に進入しそうになつたので左に転把し直した旨及び本件事故は自己が前方を注視しなかつたことに原因がある旨供述する。

被告福島の右供述は自己の非を卒直に認め且つ事故状況及び被害者の創傷部位とも合致しており、従つて被害者の歩行状況も右供述どおりであつたと推認される。そうすると被害者亡秀雄の深夜車道上を歩行し且つ対向して来る車両に気付かなかつた過失も本件事故の原因になつていると認められるが、被告福島の制限速度違反、対向車がなかつたのにライトを下向きにしていた点、及び前方不注視の過失と対比すると被害者のこの過失は過失相殺においてさして斟酌することはできないところである。

三  被害者亡秀雄の生年月日、事故当時谷藤機械工業株式会社に勤務していたこと、原告らとの身分関係については当事者間に争いのないところ、さらに前記乙第七号証、成立につき争いのない甲第五、第八、第一〇、第一一号証、乙第八号証、原告榮昭治本人尋問(第一、第二回)の結果によれば、原告らの他の兄弟は既に死亡していて事故当時生存していたのは原告ら及び亡秀雄のみであつたこと、亡秀雄は昭和二八年頃山形県酒田市から都内に居住していた原告佐藤千代子を頼つて上京して来て同女の世話になりながら機械工として都内で稼働していたが、昭和四〇年四月頃谷藤機械工業株式会社に入社し、同社の工場が埼玉県北本市に移転したことから昭和四五年四月頃から工場内にある独身寮に住むようになつたこと、事故当時の同人の収入は手取り一〇万円位で特に財産も残つていなかつたのであるが、同人は原告佐藤千代子を金銭的に時々援助していたこと、それは同原告は亡秀雄より一四歳年上で、昭和一七年に夫に先立たれ以来二人の子供を育ててきたのであるが、原告らの父が早くなくなり同原告において親代りとなつて亡秀雄及び末弟の世話をし、また亡秀雄が上京した後一時期同居したこともあるところ同原告は身体が弱く、特に昭和四八年以降リユウマチに苦しんでいたからであること、事故当時にあつても同原告は独身の亡秀雄の身の回りに気を配り、また病気をおして同人の葬儀に出席し且つ後始末などにあたつたところ、その後病状が悪化し、現在は水戸市内で療養しているが、起坐歩行も困難であること、原告榮昭治は、亡秀雄の兄として喪主となつて自己の負担で亡秀雄の葬儀をおこない、また遺骨を墓に納めるなどの世話をしたのであるが、同原告も未だ独身で原告佐藤千代子の援助をしていること、の各事実が認められる。

なお原告榮昭治は、原告佐藤千代子は病弱であるところから亡秀雄が上京して後は専ら同人を頼りとし、亡秀雄においても独身寮に移つて後も土、日曜日には必ず原告佐藤千代子方に寄り、また金銭的にも少なからぬ援助をしていた旨供述するのであるが、前記甲第一一号証、原告榮昭治本人尋問(第一回)によれば、原告佐藤千代子は長年一〇歳位年上の男性と同居している事実が認められ、この事実からすると、前記のとおり亡秀雄が原告佐藤千代子に若干の援助をしていたことは認められるものの、原告榮昭治の右供述は直ちに採用し難いところである。

四  右事実を前提として本件事故によつて秀雄が死亡したことによる損害について検討する。

(一)  葬祭料 三五万円

亡秀雄の葬儀費用は、原告榮昭治において負担しているところ、被告らにおいて賠償すべき額は右金額をもつて相当とする。

(二)  逸失利益 一、六五四万三、一四〇円

証人富永栄喜の証言により成立の認められる甲第二ないし第四号証、同証人の証言によれば、亡秀雄において仮に引続き谷藤機械工業株式会社において稼働しておれば、死亡当時から昭和五一年末までの収入が残業手当をやや低目に見積つても各年毎の収入は原告らが請求原因三項(二)(1)で主張している額を下回らないこと、及び同社の基本給が昭和五二年四月の昇給、ベースアツプで月額一五万〇、四〇〇円となつたこと、同社の退職金規定が原告ら主張どおりであることが認められる。

そうすると亡秀雄死亡時から昭和五一年末までの同人が生存しておれば得られたであろう収入は原告らの主張する六三九万二、九二六円を下回らないことになり、同人の生活状況からすると生活費にその六割を要したとみるのが相当なので、これを控除するとこの間の逸失利益は二五五万七、一七〇円となる。

次に原告らは、亡秀雄は昭和五二年以降稼働可能の六七歳までの間昭和五一年に同人が得たであろう年収二三八万四、八四八円を得ることができたはずであり、且つこの間谷藤機械工業株式会社を定年で退職する際には退職金規定により退職金の支給を受けられたはずであると主張する。

退職金の支給が受けられたはずであるとの点は疑問なしとしないのであるが、亡秀雄に関し、その年齢に鑑みいまだ相当期間は昇給が見込まれること、及び前記昭和五一年までの同人の推定収入額は同年齢の男子労働者の平均賃金を少し下回つていることなどを勘案すると右期間を平均すれば亡秀雄において原告ら主張の年収を得ることができ且つ定年時に得られたであろう退職金を現価に引直した限度で得べかりし利益を失つたとみて相当である。

そうするとまず亡秀雄は昭和五二年以降二一年間にわたつて年収二三八万四、八四八円を得ることができ、そしてその六割を生活費として費消したと推認されるので、この間のこの利益をライプニツツ方式によつて年五分の中間利息を控除して現価に引直すと、一、二二三万〇、五〇〇円(一〇〇円未満切捨)となる(係数一二・八二一一)。

次に前記認定事実からすると亡秀雄が谷藤機械工業株式会社を五六歳の定年で退職する際に受取るべき退職金は少なくとも原告ら主張の三六一万五、六一六円を下回らないと推認されるところ、これを同じくライプニツツ方式によつて一〇年間の中間利息を控除して昭和五一年末での現価に引直すと二二一万九、六二六円となる。しかるところ原告らにおいて亡秀雄の死亡による退職による退職金相当として四六万四、一五六円の支給を受けたことを自認しているのでこれを差引くと同人が定年時に退職金を得ることができなかつた損失は一七五万五、四七〇円となる。

以上の次第で亡秀雄の逸失利益の合計は昭和四九年三月以降同五一年末までの分、昭和五二年以降二一年間の分、及び定年退職による退職金を得ることができなかつた損失を合算した一、六五四万三、一四〇円となる。

(三)  慰藉料 計 三〇〇万円

亡秀雄と原告らは兄弟の関係で、従つて原告らは亡秀雄の生命侵害につき固有の慰藉料を請求し得る民法所定の者ではない。

しかしながら亡秀雄、原告榮昭治はかなりの年齢になるのに独身を続け子はなく、且つ原告佐藤千代子も内縁の夫が存するのではないかと窺われるのもの、早く法律上の夫に先立たれている。かくのごとき原告らの家庭状況からすると原告ら兄弟が互いに頼りにしていたとの趣旨の原告榮昭治の供述もうなずけるところである。さらに前記のとおり原告佐藤千代子は病弱であるところ、子供がいるとはいえ同原告と亡秀雄のこれまでの関係からすると、同原告において亡秀雄の援助を期待して当然であり、事実生前亡秀雄は若干の援助をしていたのである。

原告らが亡秀雄の法定相続人であるのみならず右に説示したような原告らと亡秀雄との前記関係からすると、民法七一一条を類推適用して原告らが被告らに対し慰藉料を請求し得ると解して正当であり、右のごとき原告らと亡秀雄との関係、亡秀雄の過失の点を除く本件事故の態様に鑑み、その額は原告榮昭治が一〇〇万円、原告佐藤千代子が二〇〇万円をもつて相当とする。

なお付言するに原告らは一次的には亡秀雄の慰藉料請求権を相続したとして被告らにその賠償を請求しているところ、当裁判所は慰藉料請求権が相続されるとの点は否定的なのであるが、本件については右に説示したとおり民法七一一条の類推適用により原告らは亡秀雄の生命侵害につき被告らに対して慰藉料を請求できる立場にある。そして慰藉料額は前記のとおり本訴にあらわれた諸般の事情を斟酌して算出されるので、慰藉料請求権の形式的な構成、個数によつて差異が生ずるものではなく、いずれにしろ本件にあつてはこの法律上の論点は意味のないところである。

(四)  過失相殺、相続、損害の填補

前記のとおり本件事故発生の責任は大半被告福島にあるとはいえ亡秀雄の過失も否定できず、よつて右各損害につきその一割を減ずる程度でこれを斟酌することにする。

そして亡秀雄と原告らとの身分関係からすると右(二)亡秀雄の逸失利益については過失相殺によつて減額させた額の賠償請求権を二分の一宛原告らにおいて相続することになり、またその余の損害も過失相殺されよつて被告らに対し原告榮昭治が八六五万九、四一三円、原告佐藤千代子が九二四万四、四一三円の賠償請求権を有することになる。

原告らにおいて各五〇〇万円宛の填補を受けたことは自認しているのでこれを差引くと残りの賠償請求権は原告榮昭治が三六五万九、四一三円、原告佐藤千代子が四二四万四、四一三円となる。

(五)  弁護士費用 各三八万円

原告らは本訴の提起を弁護士に委任しているところ、本件訴訟の内容、経緯、認容額に鑑み弁護士費用のうち本件事故と因果関係のある損害は右金額をもつて相当とする。

(六)  結論

原告榮昭治 四〇三万九、四一三円

原告佐藤千代子 四六二万四、四一三円

五  以上の次第で原告らの本訴請求は、被告らに対して原告榮昭治において四〇三万九、四一三円、原告佐藤千代子において四六二万四、四一三円及びこれらに対する本件事故後である昭和五二年八月一六日以降支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余の請求は理由がないのでいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡部崇明)

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